「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

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歴史

#73 偶然から発見された抗生物質「ペニシリン」

肺炎や梅毒などから、多くの人間の命を救ってきたのが抗生物質のペニシリンです。この抗生物質は、偶然に、それも失敗した実験を契機に発見されたのです。

 

1928年、イギリスの細菌学者フレミングは、ブドウ球菌を培養していたシャーレの中に青カビが生えているのに気がつきました。どこからか青カビの胞子が飛んできて、そこに入り込んでしまったのです。シャーレの中に異物を混入させるなど、細菌学者としては初歩的なミスです。しかも、培養の途中で、フレミングは家族旅行に出かけて研究室を留守にしていたのです。

 

しかしフレミングは、青カビの周囲だけブドウ球菌が繁殖していないことを不思議に思って研究を進め、カビがつくり出す化学物質のペニシリンが細菌の生育を妨げる抗生物質だとの論文を発表しました。

 

ですが、この論文は当時あまり注目されず、しかも、ペニシリンを精製するのは困難だったために、フレミングはそれ以上の研究をあきらめたのです。

 

しかし1940年になって、オックスフォード大学の研究者、エルンスト・チェーンとハワード・フローリーがペニシリンの抽出に成功します。

 

そして第二次世界大戦では、負傷兵の治療のため大量のペニシリンが必要になりました。負傷した兵士たちは、化膿した傷口から細菌が入ったことによる敗血症で命を落とすことが多かったのです。

 

感染を防ぐ医薬品開発は国家の緊急課題となり、イギリスとアメリカはペニシリン研究を国家機密に指定すると、巨額の研究資金を投入しました。こうしてペニシリンは大量生産が可能になり、一般にも広く用いられるようになったのです。

 

戦争が終結した1945年、フレミング、チェーン、フローリーの3人は、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そして、ペニシリンは戦後の日本でも用いられ、それまで40歳代だった平均寿命を押し上げる要因の一つになったのです。

 

そう、すべては偶然から始まったのです😊

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