「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

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歴史

#44 美を創造しつづけた北大路魯山人

北大路魯山人(1883~1959)は、陶芸、書や絵画など卓越した作品を生んだ芸術家であり、一切の妥協を許さない美食家、料理研究家としても名をはせました。

 

魯山人は1955、56年と人間国宝に2度推拳されながらも辞退するなど、独立独歩で美を追い求める姿勢を生涯にわたり貫きました。

 

京都の上賀茂神社の社家に生まれ、6歳で木版師福田武造の養子となります。義父母に気に入られようと三食の料理を手掛けたことが料理家としての基礎となります。義父の仕事を手伝う中で、書や刻字に興味を持ち始め、当時流行していた書道の「一字書き」の懸賞で次々と賞金を手に入れます。

 

1904年には日本美術協会展に出品した書「千字文」が褒状一等となり、書家としての頭角を表します。

 

1913~1915年に、旬の食材を自ら調理して食べる豪商内貴清兵衛や自家の食器を手掛ける文人の細野燕台などと出会い、食や陶芸などに感化され、1919年に開いた古美術店内で、特定の客に出した料理が評判を呼び、やがて食器が足りなくなったため、自らが食器用の陶芸に取り組み出します。

 

1925年には東京に超高級料亭「星岡茶寮」を開き、美食空間の総合的演出を試みます。1936年には経営上の問題で料亭からは退きますが、創作の意欲は衰えることは知らず、北鎌倉の「星岡窯」を拠点として、晩年まで精力的に芸術品を生み出しました。

 

魯山人の作品「織部釉長板鉢」(1940年頃)は調理用のまな板を料理を盛る器とした作品で、魯山人の独創性を知ることのできる逸品です。高さ約8センチ、幅約49センチ、奥行き約25センチのこの大きな器に様々な料理を盛って客に見せました。料理を視覚の上でも魅力的にするための手の入れようが思い浮かびます。

 

また、魯山人は好んで自然をモチ-フにしました。「椿鉢」(1940年頃)では紅白の椿の花と葉が柔らかい感覚で表現され、「かに平向 六人」(1959年頃)では6枚の器にそれぞれ姿が異なるカニが可愛らしく描かれています。

 

晩年の書の代表作といわれる「いろは屏風」(1953年)では屏風の12面に、いろは歌48字を素朴な筆致で一息に記しています。宴席にて即興に書かれた作品ですが、1行に3字ず書き始めたためスペ-スが足りなくなり、最後の行では13字を小さくまとめるなど軽妙な感じが残ります。

 

幼少の時、日本画家の竹内栖鳳の絵に感動して、日本画家を志したが、経済的事情で断念した魯山人は、絵画にも才能を発揮しました。

 

「武蔵野」(1937年)は、前景で茂るススキの後ろに富士山が広がる武蔵野の光景に金泥をふんだんに用いて描かれています。

 

魯山人の作品は自然から創造のヒントを得ていたのですね😊

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