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情報

難病「パーキンソン病」に名を残す外科医の誕生

1755年の4月11日、指定難病の「パーキンソン病」にその名を残すイギリスの外科医ジェームズ・パーキンソン(James Parkinson、1755-1824)が誕生しました。

 

イギリス・ロンドンで外科医の息子として生まれたパーキンソンは、父と同じく外科医として開業し、その名声を高めました。彼は多くの患者を診察する中で、謎の振戦(筋肉がひとりでに震えること)を呈する患者がいることに気がつきます。

 

1817年、パーキンソンは著書『振戦麻痺に関するエッセイ』の中で6例の患者について言及し、振戦、運動緩慢、姿勢保持障害(突進現象)など、今日パーキンソン病の主症状として知られる症状を報告しました。彼はこの原因を「振戦麻痺」という新たな病気だとしたのです。

 

「振戦麻痺」の報告後、フランスの医学者ジャン=マルタン・シャルコー(Jean-Martin Charcot、1825-1893)らはさらに病気の研究を進めました。彼らはこの病気の症状として筋強剛(筋肉のこわばり)があることや、必ずしも振戦を伴わないことなど発見します。「振戦麻痺」という名前がつけられているものの本当の意味での麻痺ではないことから病名を「パーキンソン病」に改めました。

 

現在、パーキンソン病の患者には、中脳にある黒質緻密層から神経細胞が脱落することや、残った神経細胞に「レビー小体」という封入体(異常な円形の構造物)が存在することなどが分かっています。近年は様々な治療薬が開発され、病状の進行を遅らせることができています。

 

しかし、パーキンソン病を完治させる治療法は未だに確立されていないのが現状なのです・・・。

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