「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

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歴史

伝説の柔道家 コンデ・コマ

2008年に日本人のブラジル移住100年を迎えました。

 

みなさんは前田光世(別名・コンデ・コマ)という伝説の柔道家をご存じでしょうか?

 

寝技主体のブラジリアン柔術の生みの親といわれ、アマゾン開拓の父と仰がれた男です。

 

前田光世は、青森県弘前市に生まれ、1904年に講道館創始者の嘉納治五郎から命を受けて、柔道普及のために渡米しました。

 

その後、異種格闘技を重ねて欧州、中米、南米へ、身長164センチの前田はレスリングやボクシングの巨漢たちを相手に次々と連戦連勝します。

 

その中で日系人が排日運動により悲惨な目に遭っている現実を知るのです。米国に渡ってから3年後に母を、5年後に父を亡くしますが日本へは帰りませんでした。

 

やがてスペインへ渡り「コンデ・コマ」の名前がつきます。名前の由来は、自分を知っている対戦相手が逃げないように、変名を考えたが良い案が出ない・・・これでは困るので「前田コマル」はどうか?と考えましたが、語呂が悪いので「コマ」として、スペインの知人がコンデ(伯爵)の尊称を付けました。

 

1915年、ブラジルのベレンに到着し「アカデミア・デ・コンデ・コマ」の道場を開設します。地元の少年、カ-ロス・グレイシーが前田の手ほどきを受けて、末っ子のエリオがその教えを改良して「グレイシー柔術」を考案しました。

 

その後、スコットランド生まれのメイと結婚、養女を迎えブラジル国籍を取得します。アマゾン移民を世話したり、黄麻やこしょうの生産を行って生涯をおくります。

 

1940年、皇紀似二千六百年式典が開かれ、外務省が渡航費を負担する条件で招待状を送りましたが、前田は帰国を断ります。

 

開拓者が帰れないのに、自分だけが日本に行くことは出来ない・・・と思ったのでしょう。

 

第2次大戦後、アマゾンの日系人農家は空前のこしょう景気に沸きますが、前田はその成功を見ることはなく1941年に腎臓を患ってその生涯を閉じました。

 

彼は夢を持って生きていました。そして、その夢が叶えられる場所が必ずしも自分の生まれた国であるとは限らないのです。

 

なぜなら、彼は1度も日本に帰ることは無かったからです・・・

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