「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

このブログサイトは、みなさんの知識や情報、その他のことを入手するお手伝いをするブログサイトです。

テ-マを設けずに、さまざまな事柄を書いていきます。ごくまれに私的なことも織り混ぜていこうと思います。

ぜひ、このブログを活用していただけたら、うれしく思います。ただし、このブログには画像は一切ありません。文章のみのミニマムなブログになっています。文章のみでみなさんに伝えていきます。

毎日1~2記事を更新していきます。土、日は更新は多めとなります。

「そして男は時計を捨てた・・・」を今後も末長くご愛読ください😉




情報

「電車」と「列車」は一体何が違うのよ!何が!

 

JR東日本中央快速線の駅では「電車がまいります」「列車がまいります」2種類のパターンの案内表示・放送があります。

 

「電車が〜」の場合、E233系209系の快速・通勤快速・通勤特快・中央特快・青梅特快がやってきます。一方「列車が〜」の場合は特急列車や貨物列車(国立―高尾間)等がやってくるのです。

 

貨物列車はともかくとして、特急列車も電車を使用しているし、快速だって電車を使用した列車という点では、特急列車と変わらないじゃん😜。しかし放送でははっきりと“電車”と“列車”を区別しているじゃんか。

 

ほかのJR東日本首都圏の路線ではどうなんだろう?山手線、京浜東北線、中央・総武線各駅停車、南武線、鶴見線、横浜線、青梅線、五日市線、武蔵野線は”電車”として案内しているよ😉

 

常磐線は各駅停車と品川―取手間を走るE231系快速が”電車”であるのに対して、E531系の快速・特別快速は特急と同じ”列車”だ!山手貨物線大崎―品川間でおなじ線路を走る埼京線は”電車”で、湘南新宿ラインは”列車”だ!

 

どうなってんだよ😡

 

いや、待て😠✋これらの事実から推測すると、通勤形電車を使用している近距離列車が”電車”で、近郊形・急行形(現存しないが)・特急形電車を使用した中長距離列車を”列車”と案内するという仮説が成り立たないかい?

 

通勤形電車=”電車”、近郊形電車=”列車”という図式は非常にシンプルでわかりやすいけど、2019年に開業した相鉄直通線は埼京線の通勤型車両を使用しているにもかかわらず”列車”なのだよ😅

 

逆に近郊型車両で運行している横須賀・総武快速線千葉以東は”電車”と案内されているので、この仮説は成り立たないじゃんか😡

 

なお、JR東日本の最近の車両は通勤型と近郊型をまとめて一般形と区分するようになっているけど、ここでは便宜的に、とても便宜的に従来の通勤型・近郊型に分けて話を進めていこう👍

 

ところで君たち!この”電車”という言葉はいつから存在するのか知っているかい?

 

鉄道時代の黎明期、鉄道線を走るのは蒸気機関車が牽引する客車列車や貨物列車で、電車は路面電車から普及しました。日本で鉄道線を走る電車が登場したのは1904年8月21日のことです。

 

現在の中央本線の一部の前身となる甲武鉄道が飯田町―中野間を電化して電車の運行を開始しました。車両は全長約10mの2軸車ではあったのですが、連結運転が可能で電車列車の始祖といえます。官報では「電車運転」と公示しています。当時この区間は客車列車や貨物列車も運転し、列車線上を”電車”と”列車”が混在していて、これを区別するために”電車”と称したのかもしれません。

 

1904年12月31日には飯田町から御茶ノ水まで路線を延伸しました。官報は「電車運輸」と公示しました。なお、飯田町―お茶ノ水間は貨物営業をしておらず、電車のみが運行していたため、この区間が最初の電車線だという見方もあります。なお、甲武鉄道は1906年10月1日に鉄道国有法により国有化されました。

 

1909年12月16日に、東海道本線烏森(現・新橋)―品川間が電化開業しました。新橋(後の汐留)―品川間にある非電化の複線とは別に電車線が敷設されました。同日には東北本線上野―田端間も電化。こちらは従来の線路を電化すると同時に、新たに線路を1本増設し、従来の線路1本と合わせて電車線としました。電車線という呼び方が登場したのはこれが最初だと思われます。

 

東海道本線・東北本線の電車線開業と同時に山手線の品川―田端・赤羽間も電化し、烏森―新宿―上野間と池袋―田端間、池袋ー赤羽間で電車の運転を開始しました。前者は現在の山手線環状運転の原型であり、後者は赤羽線、後に埼京線となっています。なお、山手線の電車線は1925年3月28日に完成しており、それまでは列車線で電車を運行していたのです。

 

甲武鉄道飯田町―中野間と山手線の例を見てもわかるとおり、「電車線を走る列車=電車」というわけではなく、列車線と走る機関車列車と電車列車を区別するための”電車”という言葉ということになります。

 

では、近郊型車両を使う横須賀線・総武快速線がなぜ”電車”なのでしょうか?

 

横須賀線で電車運転が始まったのは1930年3月15日で、大阪地区で初めて電車の運転を開始した城東線(現・大阪環状線)・片町線四條畷―片町間よりも古いのです。横須賀線は当時の国鉄(正式には鉄道院)としては異例の長距離電車で、東京―横須賀間68kmを走破しましたが、これまで電車の長距離運転の前例がなかったので、近距離電車と同じく”電車”にくくられたのではないでしょうか。

 

実は1920年代前半に東海道本線東京―国府津間(東京―小田原間という説もある)で電車運転をする構想があり、大型車両のデハ43200系を製造しました。しかし1923年9月1日に発生した関東大震災によってこの計画は頓挫し、デハ43200系は京浜電車に投入されました。もし東海道本線の電車投入が実現していたら”電車”“列車”の考え方が現在とはまったく違ったものになったのかもしれません。

 

結果として横須賀線が国鉄最初の長距離電車ということになり、車両も2扉セミクロスシートのモハ32系が投入されました。モハ32系は山手線や京浜電車に投入されたロングシート車モハ30系・モハ31系をベースとして、歯車比を高速仕様としていました。

 

総武快速線の基となる総武本線での電車運転は1932年から始まり、1935年には千葉まで電化延伸しています。この”電車”は現在の中央・総武線各駅停車の前身です。

 

1972年6月4日に新小岩―津田沼間が複々線化され電車線と列車線を分離しました。同年7月15日に東京―錦糸町間の総武地下線が開通して、総武快速線の運転が始まりました。当初総武快速線は“列車”だったようです。しかし、1980年10月1日から横須賀線との直通運転を開始したことに関連して横須賀線と同じく”電車”の扱いとなったと思われます。

 

なお、総武快速線には千葉以東・以南に直通する列車が存在しますが、総武本線千葉以東、内房線・外房線は“列車”の区間で、直通する総武快速もこの区間では“列車”と案内されています。

 

首都圏や関西圏には電車特定区間があります。国鉄時代は国電区間と呼ばれていた区間で運賃の計算方法に特例があります。

 

首都圏では東海道本線東京―大船間、横須賀線、相鉄・JR直通線、鶴見線、南武線、横浜線、武蔵野線、中央本線東京―高尾間、青梅線、五日市線、東北本線東京―大宮間、赤羽線、常磐線日暮里―取手間、総武本線御茶ノ水・東京―千葉間、京葉線東京―千葉みなと間、そして山手線が該当します。

 

電車特定区間の名のとおり、基本的にこの区間内で完結すれば電車と言い切れればいいのですが、京葉線は完結していません。また、先程のとおり相鉄・JR直通線は”列車”です。

 

この逆パターンも存在し、川越線、八高線、相模線は電車特定区間ではないにもかかわらず、”電車”と案内されています。では誰もが”列車”と”電車”を見分ける方法はないのでしょうか?

 

実は”電車”と”列車”を見分ける方法が時刻表にあるのです。それは列車番号の付け方です。ここではわかりやすくするため“列車式”“電車式”の列車番号として考えます。

 

”列車式”の列車番号は、種別、運転区間などのパターンに応じておおむね時系列に数字が増えるのが基本です。例えば下りなら721M、723M、725M・・・という具合に下2桁が奇数で増えていきます。アルファベットは電車列車の場合、Mが基本ですが、運行形態によってはEやS、Y等ほかもアルファベットが使われることもあります。

 

電車特定区間内完結列車でも”列車”と案内される相鉄・JR直通線の列車番号はこの”列車式”で割り振られていることが時刻表からもわかるのです。

 

しかし”電車式”の列車番号は、出区してから入区するまでの1運用を担当している間、例えば上り00・下り01のように、下2桁は1組の偶数・奇数番号を繰り返します。そして上2桁は始発駅の時刻を表します。

 

例えば運用番号73で、始発駅を9時台に出発する下り列車は973A、10時台に出発する上り列車は1072A、11時台に出発する下り列車は1173A、12時台に出発する上り列車は1272Aというような列車番号となるのです。アルファベットは車両基地単位や編成形態単位で振られることが多いです。

 

“電車”の常磐線快速が成田線に直通する場合、成田線内は”列車”式の列車番号に変えて運行しています。一方、総武快速線が総武本線・成田線・内房線・外房線に直通する場合は総武快速線の列車番号に3000をプラスするなど、それぞれに違いがあるのは興味深いとは思いませんか。

 

電車特定区間外にある川越線・八高線・相模線も”電車”式の列車番号を用いています。少なくとも“電車式”の列車番号で運行している列車は“電車”として案内されているようです。

 

ここまでいろいろと考察してみましたが、”電車”と”列車”の違いについて、最有力なのは国鉄時代の考え方を踏襲しているということです。

 

JR東日本の前身となる国鉄では”電車”と”列車”を明確に区別していました。それによると国鉄時代の”列車”は停車するすべての駅の発着時刻が指定されている列車のことを指していたのに対して、”電車”は運転整理駅でのみ時刻を管理する列車とされていました。運転整理駅は発着時間を管理する駅として指定された駅のことで、運転整理駅以外の発着時刻は標準時刻と呼ばれていたのです。

 

そしてこの事は現在発行されている時刻表でも確認できます。時刻表の後半にある東京地区(標準時分)というページには、“電車”として案内されている路線の時刻が掲載されているのです。

 

これで解決かと思ったら、実は横須賀・総武快速線は標準時分のページにはないよ!逆に相鉄直通線は標準時分のページに掲載されているじゃんか😡あげくの果てに、東海道新幹線は”電車”と案内されているじゃんか😜

 

これらにはきっと必ず理由があるはずだ!その謎を解決すべく、現在調査隊は調査を続行中である・・・と言いたいところだが、実際、調査隊もその調査にくたびれてしまっているのである・・・😢

 

ABOUT ME
makoto
「そして男は時計を捨てた・・・ひとり編集長の冒険」を運営している、ひとり編集長のmakotoです。 「そして男は時計を捨てた・・・」を活用して知識や情報を深めていきましょう!新聞を読むような感じでペラペラめくってみて下さい。 そして、自分の大好きな方に知識をシェアしていってください👍 ひとり編集長と情報の冒険をしましょう😃どうぞよろしくお願いします👍