「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

 

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「そして男は時計を捨てた・・・」を今後も末長くご愛読ください😉 by ひとり編集長




社会

私たちにとって「モラル」とは何なのか?

長引くコロナ禍は、私たちにとって「モラル」とは何か、という問いを日々突きつけます。しかし、どんなに苦しくても、誠実さやモラルそのものを捨てる理由にはなりません・・・

 

アウシュヴィッツ生還者のエディ・ジェイクは、ナチス支配下の恐怖、心の弱さゆえにモラルを失い、残虐な行為を繰り返す人間たちを目の当たりにしてきました。

 

エディは1920年にドイツのライプツィヒに生まれたユダヤ人で、2021年の今年101歳を迎えました。ナチスに両親を殺され、何度も強制収容所に送られながらも希望を捨てることなく、奇跡の生還を遂げた歴史の生き証人でもあります。

 

これは決して、ただの昔話ではありません。

 

「モラルを失えば、自分を失う」。これはナチスをみてすぐに彼が学んだことでした。ナチス政権下で、ドイツ人がすぐに悪人になったわけではありません。ただ、簡単に操られるようになってしまったのです。心の弱い人たちはゆっくりと、そして確実にモラルをなくしていき、ひいては人間性までなくしたのです。

 

そして、他人を拷問しても、ひと度家に帰れば妻や子どもたちと向き合える人間になってしまったのです。エディはよく、彼らが子どもを母親から引き離し、その子どもの頭を壁に叩きつけるのを目撃しました。そんなことをしたあとで、食事をして眠れたのか?

 

エディにはそれが理解できませんでした。

親衛隊の兵士はときどきおもしろ半分にエディたちをなぐりました。隊員のはいているブーツは先端が鉄製でとがっていました。彼らはユダヤ人が通りかかると、「Schnell(シュネル)! Schnell(シュネル)!(急げ! 急げ!)」と叫んで、尻と脚のつけ根のあいだのやわらかい部分を思い切り蹴っては、ほかの人間を傷つけるという残酷な快感を味わっていたのです。蹴られると深い傷ができ、痛くてたまらず、食事や休む場所がなければなかなか治りませんが、エディたちにできるのは、傷を布で押さえて止血することだけでした。

 

あるとき、エディが収容所を歩いていたら、突然、親衛隊になぐられて鼻の骨を折られました。理由をきくと、Juden Hund(ユーデン・フント)、ユダヤ人の犬だからだと言われ、もう一度なぐられたのです。

 

しかしこれは噓でした。ナチスの犬の扱いは被収容者の扱いよりもずっとよかったからです。兵士のなかには、エディたちが恐れる残酷な女性がいました。女性はエディたちをなぐるための警棒をつねに持ち歩き、どこへ行くにも攻撃的な大型のジャーマンシェパードを2、3頭連れていました。

 

女性は犬にとてもやさしく、いつも「Mein liebling(マイン・リープリンク)」、かわいい子、と呼んでいました。ある日アウシュヴィッツにいた幼い子どもが「大きくなったら犬になりたい・・・」とエディに言いました。なぜなら、ナチスは犬にとてもやさしかったからです。

 

被収容者のなかには「カポ」と呼ばれる裏切り者、ナチスの協力者もいました。同じユダヤ人でありながら、ほかの被収容者の監視役としてナチスに特別待遇されていた卑劣な連中たちです。

 

エディたちのカポはオーストリア出身のユダヤ人でしたが、根っからのひとでなしだったのです。大勢のユダヤ人をガス室に送り、その報酬としてナチスからタバコやシュナップス(無色透明でアルコール度数が高い蒸留酒)や暖かい服をもらっていました。エディのいとこもガス室に送った怪物のような男です。

 

ある日そのカポが見回りをしていたころ、ハンガリー人の年配の男6人が仕事の休憩時間にドラム缶で石油コークスを燃やして手を温めていました。手袋がなかったので、ときどきこうしなければ指がかじかんで動かなくなるからです。

 

カポは6人の番号を書きとめ、鞭で打たせようとしました。彼らは鞭で打たれたら死にかねないが、わたしなら打たれ慣れているのから大丈夫だ・・・そこでエディは大声で、6人の代わりにわたしを鞭で打てと言いました。

 

しかし、カポはエディが機械技師であることと、その経済的価値を知っていたので、働けない体にしたら自分の身が危ないと考えたのです。そして6人を鞭で打たせて殺したのです・・・

 

6人のことを報告する必要などありませんでした。彼は残虐な欲望を満たすために彼らを殺したのです。非人間的な行為・・・

 

こうした行為をみて、エディはこれまで以上に固く心に決めたことがありました。自分に誠実でいよう、モラルを決して失わないようにしよう・・・しかし難しかったのです。飢えはエディたちを放っておきません。体力を奪うのと同じ速度でモラルも奪っていきます。

 

ある日曜日、パンの配給がありました。

エディはそれを上の寝台に置いてスープを取りに行き、もどってみると、パンがなくなっていました。バラックのだれかが、おそらく寝台のだれかが盗んだ・・・そんなのは当たり前だ、それが生存競争だから。しかし、エディはそうは思いませんでした。アウシュヴィッツは過酷な生存競争の世界、しかし他人を犠牲にしてはならないと・・・

 

エディは一度も文明人である意味を見失ったことはありませんでした。罪人になってまで生き残ってどうする?エディは被収容者を傷つけることはせず、人のパンを盗むこともありませんでした。仲間を助けるためにできるかぎりのことをしました。

 

食べ物はとぼしい環境。しかしモラルを取りもどす薬はないのです。もしモラルを失ったら、そこで終わりなのです。

 

仕方なくナチスに従っている民間人もたくさんいました。エディが工場で働いていたとき、監視係が小声で話しかけてくることがあったのです。「トイレ休憩は何時だ?」。

 

そして休憩時間にトイレに行くと、牛乳で煮たオートミールの入ったブリキのカップが置いてあったのです。十分な量ではありませんが、体力の足しにはなりました。そして何より、世の中にはまだいい人もいるのだと、かすかな希望がわいたのです。

 

しかし、善良なドイツ人がその気持ちを素直に伝えるのは難しかったのです。相手が信頼できるかどうかを知る必要があるからです。もしユダヤ人を助けているのがばれてしまったら、自分たちが殺されるからです。抑圧者はつねに被抑圧者を恐れていました。これがファシズムなのです・・・すべての人間を犠牲者にしてしまうシステム・・・

 

エディがIGファルベン(今は解体された化学薬品と製薬の合同企業)で働いていたとき、被収容者に食料を届ける男性と親しくなりました。名前はクラウス。月日がたつにつれ、彼たちはお互いをよく知るようになっていきました。クラウスはナチスではなく民間人だったので、可能なときは余った食料をこっそりとエディのもとに持ってきてくれたのです。

 

彼らは食料を車で工場に運ぶのが仕事でした。小さなブリキのカップを持って並ぶエディたちに、樽からオートミールを配り、空になった樽を持って帰ります。食べ物はひどく粗末でしたが、クラウスに余り物をもらうたびに、生き残る可能性が高くなったのです。

 

あるときクラウスは、エディがひとりでいるところにやってきて、逃亡計画を思いついたと言い出しました。食べ物が入ったドラム缶のひとつに黄色の太い線を描くよう、運転手に頼んだといいます。そのドラム缶は中にチェーンがついていて、エディが空になったドラム缶に入ってそれを思い切り引っぱるとふたが閉まります。

 

その後ドラム缶をトラックに乗せるとき、彼はその缶をトラックの左後ろに置きます。そしてトラックが収容所を離れて安全な場所、アウシュヴィッツと工場の中間地点まできたら、笛を吹いて知らせる・・・エディはトラックが角を曲がるときに、体をゆらしてドラム缶ごと転がり落ちる、という計画です。

 

エディたちは計画を練り上げました。計画実行の当日、エディはかなり緊張しながらもわくわくしてドラム缶に入りました。必死にチェーンを引っぱり、トラックに積まれるときに音を立てないよう息を止めました。エンジン音がし、トラックは動きだします。トラックは予定通り高速で走り続け、やがて笛がきこえます。それはトラックから降りる合図です。エディはドラム缶の片側に体重をかけ、トラックから転がり落ちました。

 

トラックから落ちたドラム缶は、エディが入ったまま下り坂をタービンのように転がっていきました。チェーンにしっかりとつかまりましたが、速度はどんどん上がっていきます。しばらくしてドラム缶は木に激突して止まりました。目が回り、少しのあざ、しかしエディはどこもケガをすることはありませんでした。

 

「やった、自由になった!」

 

計画は完璧にうまくいきました。ただひとつだけ見落としていたことがあったのです。興奮のあまり、ふたりともアウシュヴィッツの服を着たままだということを忘れていたのです。

 

腕には番号が彫りこまれ、背中には同じ番号の書かれた縦20センチの布が縫いつけられています。そんな姿でどこに行けるだろう・・・すぐに日が沈み、ひどく寒くなるだろう・・・上着もない・・・工場では仕事を始める前に上着を脱いでかけるので、シャツ1枚だけ。だれかの助けが必要だったのです。

 

森のなかをしばらく歩くうちに、一軒の家がみえてきました。あたりにほかの家はなく、煙突から煙が出ています。近づいてドアをノックすると、ポーランド人の男性が出てきました。

 

エディはポーランド語は話せませんが、ドイツ語とフランス語なら話せるので、助けてもらえないか、着るものが必要なのだと両方の言葉でたずねました。すると、彼はエディをみつめ、なにも言わずに背を向けてなかにもどったのです。長い廊下の両側にいくつも部屋があります。彼はいちばん奥の部屋に入っていきました。エディは心からほっとし、てっきり助けてもらえると思ったのです。

 

しかし・・・

彼がもどってきたとき、手に持っていたのはシャツではなく、ライフルだったのです。ライフルはこちらに向けられ、エディは後ろを向いて走りだしました。ジグザグに走るエディに向けて1発、2発、3発・・・撃ち続けてきます。6発目がみごとにエディの左ふくらはぎに命中したのです。エディは悲鳴をあげながらなんとか逃げ切り、シャツを引き裂いて傷口をしばると、どうしようかと考えました。エディは思いました。

 

「もし、地元のポーランド人もドイツ人と同じように敵だとしたら、生き残ることはできない・・・
仕方ない・・・アウシュヴィッツにこっそりもどろう・・・」

 

エディは足を引きずって山を登りました。ファルベンの工場での労働を終えた被収容者がもどってきます。エディは計画を立てました。

 

「そのときは何百人もが行進する足音、兵士の怒鳴り声、犬の吠え声などでとても騒がしくなるはずだ・・・彼らがくるまで道路の脇に隠れ、隊列が通過するとき、こっそりもぐりこめばいい・・・」

 

計画は成功し、うまくまぎれこめました。エディはなにくわぬ顔でアウシュヴィッツにもどり、バラックに帰ったのです。ナチスはエディが抜け出したことに気づいていませんでした。脱出の唯一の記念品は、左脚の筋肉にめりこんだ銃弾でした。

 

撃った男を憎んでいるのか?

エディはだれも憎んではいません。撃った男は弱かっただけで、おそらくエディと同じように恐かったのです。恐怖心につけこまれてしまいモラルを失ってしまったのです。

 

残酷な人間もいれば、親切な人間もいる・・・それでもよき友の助けがあれば、また1日生きのびることはできるのです・・・今も昔も・・・

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