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映画

沈黙のレジスタンスとして生きた伝説のパントマイマーがいた

パントマイム・アーティストとして世界的な名声を獲得し、エンターテインメント史に類まれなる足跡を刻むマルセル・マルソー。現在公開中の『沈黙のレジスタンス~ユダヤ孤児を救った芸術家~』は、彼が若かりし頃、第二次世界大戦中にナチと協力関係にあったフランス政権に立ち向かうべく、レジスタンス運動に身を投じていた時の実体験を描く感動作です。

 

いまなお“パントマイムの神様”という称号を守り続けているマルセルの経歴と、彼がパントマイムの道へ進むきっかけともなった、知られざるレジスタンス活動の真実とは何なのでしょうか?

 

1923年、フランスのストラスブールでユダヤ人の両親の間に生まれたマルソーは、幼い頃からチャーリー・チャップリンやバスター・キートンといった無声映画のスターに夢中になり、10歳の時には仲間を集めて、路上でパントマイムごっこをして遊んでいたといいます。

 

俳優を目指すものの、戦争のために演劇学校に通うことができなかった彼は、1942年、19歳の時に従兄弟がリーダーを務める組織のレジスタンス活動に参加します。終戦後、パリのサラ・ベルナール劇場の中のシャルル・デュランの演劇学校に入門し、演劇の一フォルムとしてパントマイムを学んだのです。

 

1947年にマルソーが創りだしたオリジナルのキャラクターで、のちに世界中のパントマイムの典型的なイメージの原型となったのが、白塗りのメイクにボーダーシャツ、花のついたシルクハット姿の道化師“ビップ”です。

 

言葉をひと言も発せず、身ぶりと表情だけですべてを表現するマルソーの舞台は、国境を越え、行く先々で熱狂的に愛され、彼は自身の分身ともいえるビップとともに世界各地で公演を続けました。日本でも1955年と1965年の2度、ツアー公演をおこなっています。

 

映像作品では、1973年にBBCの「クリスマス・キャロル」のスクルージ役、ジェーン・フォンダ主演の映画『バーバレラ』(67)のピング教授役のほか、メル・ブルックス監督の『サイレント・ムービー』(76)、クラウス・キンスキー監督の『パガニーニ』(89)などに出演しました。また、本作の劇中でも大きなキャンバスに向かって絵を描いているシーンがあるように、子ども向けの絵本も出版するなど彼は実に多才な人物だったのです。

 

1978年にはパリ市マルセル・マルソー国際マイム学院を設立して、後進の育成にも力を注ぎ、2007年に84歳で亡くなるまで、世界中の俳優やミュージシャン、ダンサーたちに大きな影響を与え続けました。

 

なかでも、マイケル・ジャクソンが観る者を驚愕させた“ムーンウォーク”は、マルソーの「風に向かって歩く」という、風に逆らうようなステップからヒントを得たというエピソードは有名です。マイケルは13~14歳の頃、マルソーの舞台をよく観ていて、1995年のマイケルのコンサートでは共演する企画があった(リハーサル中にマイケルが倒れてしまい、実現せず)ほど、互いに尊敬し合っていたといいます。

 

話しを映画に戻しましょう・・・

本作の物語が始まるのは、1938年のフランス。第二次世界大戦が激化するなか、アーティスト志望のマルソーは、兄のアランと従兄弟のジョルジュ、想いを寄せるエマとともに、ナチに親を殺されたユダヤ人の子どもたち123人の世話をします。悲しみをたたえた子どもたちに、ユーモアあふれるパントマイムを披露することで、マルソーは彼らの笑顔を取り戻し、固い絆を結びます。

 

しかし、ナチの勢力は増大し、1942年、ついにドイツ軍がフランス全土を占領。マルソーは、険しく危険なアルプスの山を越えて、子どもたちを安全なスイスへ逃がそうと決意します。

 

マルソーが第二次世界大戦中にレジスタンス活動をしていたことは海外ではよく知られていますが、その活動内容が本人の口から語られることはありませんでした。本作を手がけたジョナタン・ヤクボウィッツ監督は、存命していた唯一の生き証人であるマルソーの従兄弟で、レジスタンス組織のリーダーだったジョルジュ・ロワンジェ(2018年12月に108歳で逝去)をパリで取材し、彼の話を基にリアリティあふれる脚本を書き上げました。

 

マルソーのレジスタンス活動は、ドイツから保護した123人のユダヤ人孤児の世話からスタートしました。劇中、避難所にやってきた孤児たちを励ますため、マルソーがキャンドルの炎をモチーフにしたパントマイムを初めて見せるシーンの美しさは必見です。

 

無言にもかかわらず、様々な年齢の子どもたちがマルソーの動きと表情によって想像力を刺激され、瞳に輝きを取り戻していく姿が胸を打ちます。当時、マルソーは毎晩のように新しい作品を作っては、子どもたちに見せていたといいます。パントマイムがいかに人の心を動かすかを肌身で感じていた経験が、パントマイムが秘める力の豊かさをマルソーに印象づけたことは間違いありません。

 

また、手先が器用だったマルソーは、ユダヤ人であることがわからぬよう、自身のパスポートのマンジェルというユダヤ姓のアルファベットの文字に細工をして、マルソーというフランス人らしい姓を名乗ることに。レジスタンス活動に加わったあとは、その腕を買われてパスポートの偽造を担当し、多くのユダヤ人をゲシュタポの目から逃れさせました。

 

そして、マルソーのレジスタンス活動内容のなかでも、最も彼の強い信念を感じさせるのが、ユダヤ人孤児たちをスイスへと逃がす計画を実行したことです。復讐心にかられてナチを殺すのではなく、できるだけ多くのユダヤ人の命を救いたい。これこそが、ユダヤ人の絶滅を目的としたナチへの真の抵抗だという若き日のマルソーの考え方、その根底には人間に対する深い愛と未来を信じる心が存在します。

 

ナチの占領下で、大勢のユダヤ人の子どもたちを引き連れ、列車で山を登り、途中からは徒歩で雪に覆われた森を抜け、最後に崖を下ってジュネーブへ辿り着きます。ゲシュタポに追われながら、マルソーたちが命懸けでスイス国境を目指すクライマックスの逃亡劇は、思わず息をするのも忘れるほどスリリングです。最終的にこの行程の旅を3回敢行し、あわせて100人以上の子どもたちを連れてアルプス山脈を越えたというマルソーの行動力に圧倒されてしまいます。

 

本作でマルソーを演じたのは、『ソーシャル・ネットワーク』(10)のジェシー・アイゼンバーグ。自身もユダヤ人で、母親がプロの道化師だったという生い立ちは、まさにこの役にぴったりです。芸術で自己を表現することだけに夢中だった青年が、傷ついた子どもたちとの出会いを通して、思いやり深い、魅力的な人物へと変化していく姿を生きいきと、繊細に演じきっています。

 

もともとの顔立ちが若い頃のマルソーと似ていることもあり、アイゼンバーグがステージ上で、顔を白くペイントした道化師“ビップ”になってパントマイムを演じるシーンは、あたかもマルソー本人が演じているかのような錯覚に陥ります。言葉で語らず、真実を表現するマルソーのパントマイムとその生き方から、困難な時代を生きるうえで本当に大切なことは何なのか、それは観る人それぞれが感じ取ってください👍

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