「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

 

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歴史

明日は誰が最悪な科学者となりえるのか・・・

ほとんどの科学者は善人、というか、そう信じたい・・・

植物や月、腎臓など科学者たちが研究するものは多種多様です。彼らは、日々、実験をし、人類の新たな謎を解き明かそうと奮闘しています。しかし、中にはちょっとダークな科学者も存在します・・・

 

例えば、優生学者、兵器/生物兵器の専門家、企業のお抱え科学者、さらには他の科学者の悪口ばかり言う大量虐殺の専門家などなど・・・実は挙げ出したらきりがないほどたくさん存在するのです。

 

ならば、たくさん存在する中でも、歴史上もっとも邪悪で極悪非道だった科学者って誰なんでしょう・・・みなさん、気になりませんか?

 

例えば、専門家に聞いてみれば、返ってくる答えはほとんど同じでしょう。もっとも邪悪な科学者はナチスの「死の天使」ことヨーゼフ・メンゲレ博士だ・・・。ですが他にも興味深い候補者は存在します。それは誰?

 

ヨーゼフ・メンゲレ(1911-1979)よりも邪悪な科学者はまずいないのかもしれません。その極悪非道ぶりからアウシュビッツでは「死の天使」と呼ばれていたほどですから・・・

 

彼は2つの博士号を持っていました。1つはミュンヘン大学で取得した人類学の博士号、二つ目が医学博士号(成績優秀で卒業)でフランクフルト大学のものです。学歴を見て分かるとおり、彼は正真正銘の「科学者」です。

 

1938年、熱狂的なナチス支持者だったメンゲレは親衛隊(SS)に入隊し、1943年に自らの意向で、アウシュヴィッツ=ビルケナウの絶滅収容所に配属されます。医師である彼の、収容所での主な仕事は「選別」と呼ばれていた作業でした。具体的には、収容所に新たに連れてこられた人間の中から、奴隷としての労働力用に生かす人間を選ぶというものです。ここで選ばれなかった人間(そのうちの多くが、子どもや女性、お年寄り)は選別後、すぐにガス室へと運ばれ殺されたのです。

 

この「選別」の作業は、メンゲレ以外の収容所で働く医師が行うのを嫌がる中、メンゲレは頻繁にシフトを追加していたようです。さらに、行っている間、彼は親指一本で人の生死を決めながら口笛を吹いていたという証言まであるから驚きです。

 

これだけでなく、ガス室でもメンゲレは、大規模な虐殺の際に使用された毒ガス「ツィクロンB 」の管理を担当していました。

 

彼の数ある悪事の中でも有名な「調査」ならぬ人体実験についてです。彼の実験台となった人間の多くが子どもたちで、特に双子には特別大きな関心を抱いていました。実験の目的は、ナチが自然に打ち勝てると「証明」することでした。

 

子どもたちには残酷な実験が繰り返され、多くが苦しみに悶えながら亡くなっていきました。また、中には、亡くなった人の臓器と生きた臓器を比較するために即死させられた子どもたちもいたのです。

そして、最終的に用済みとされた子どもたちはガス室へ運ばれ、殺害されたのです。

 

戦後、メンゲレはアルゼンチンに逃亡し、西ドイツ当局とイスラエル諜報特務庁が必死の捜査を行いましたが、確保には至らず、1979年にブラジルのベルチガで溺死したことが確認されています。

 

彼ほどの真の悪魔は中々いないのですが、フィリップ・レーナルト(1862-1947)とヨハネス・シュタルク(1874-1957)。

どちらもノーベル物理学賞を受賞しており、受賞年はレーナルトが1905年、シュタルクが1919年です。加えて、彼らはメンゲレと同じように熱狂的なナチズム信奉者で、人種科学の支持者でもありました。

 

さらに、2人はDeutsche Physik(ドイツ物理学)運動のリーダーとして、ユダヤ人によって汚染された物理学を再び高潔なものにしようと活動していたことも分かっています。

また彼らは、アインシュタインの相対性理論を酷く批判した人物でもあり、理論が高度な純粋数学に基づいていることから、「ユダヤ人の物理学」「ユダヤ人の詐欺」などと避難していました。というのも、ドイツ物理学の考え方は厳格な経験論を非常に重要視するものだったため、相対性理論はまるで数学的空想のようだと捉えらていたのです。

 

最終的に彼らは、ヒトラーの元でキャンペーンを行い、すべてのユダヤ人をドイツ科学界から追いやることに成功しました。さらに、学術研究機関には、常に自らが好む研究スタイルを押し付けていたようです。

彼らの相対性理論に対する嫌悪感は凄まじく、ユダヤ人ではない物理学者、ヴェルナー・ハイゼンベルクが相対性理論を肯定した際には、彼を「白人のユダヤ人」と呼んだほどでした。

 

・・・そもそもどんな基準で悪を定義すればいいのでしょうか? 彼らの動機でしょうか、それとも結果なのか?・・・

実際には、動機も結果も互いに関係しあっているので、どちらか一方の観点から悪を定義するのは難しいのです。

 

「水素爆弾の父」であるエドワード・テラー。彼は核兵器を広めることに尽力し、冷戦を激化させた人物の一人です。主戦論者の中でも目立つ存在だった彼は、保守的な政治家からも一目おかれ、アドバイスを求めてテラーのもとにやってくるほどでした。その影響力から、ロシアのどの都市に、最初に核兵器を落とすかを決める会議にも参加したようです。

 

また、彼はレーガン大統領の時代に進行していた、宇宙を軍国化する計画の陰の立役者でもありました。加えて、邪魔な山を壊したり、人工的な港を作るなど、民間による核爆弾の使用も熱心に支持していたようです。

 

1964年のスタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』に出てくる悪の科学者のモデルがエドワード・テラーであっても、あまり不思議ではないのです。

 

1959年から1981年まで、タバコメーカーPhilip Morris社の科学分野における最高責任者を務めたヘルム-ト・ウェイクハムは、タバコ業界で有名な「doubt is our product(疑いこそが商品である)」の一文を生み出した人でもあります。

 

また、「タバコを吸わなくても癌になる人はなるし、吸っていても癌にならない人はいる、だから、タバコは癌の原因ではない」という利己的な考えを広めた人物でもあります。そして、そこから、多くの企業などが「もし、商品が癌の原因になっているのなら、因果関係を再定義してみるといい。癌の原因ではないことが分かるから」という謳い文句を使うようになりました。

 

これだけでなく、1960年にフィリップ モリス社が純度の高いニコチンを製造し始めた際には、クラック・コカイン(コカインの塊)に対抗するためのクラック・ニコチン(ニコチンの塊)の生成も担当もしていました。

 

さらに、彼は、歴史上もっとも成功した広告キャンペーンとも言えるMarlboro Man(マルボロマン)の制作にも関わっています。宣伝用の映画によると、火の付いたタバコを「a timeless story of heroic men in a world of freedom(時代を超えて読み継がれる、自由の国で生きたひとりの勇敢な男についての物語)」に変える内容だったようです。

 

こうして、ウェイクハムは科学をあまり良くない方向へと持っていってしまったのです。フィリップ モリス社は何千万ドルもの資金を研究(遺伝行動学などのタバコ産業にとって有益なものに限られますが)に投資していました。

 

そんな中、1970年にウェイクハムは ジョセフ・クルマン(フィリップ モリスのCEO)への手紙でこんなことを言っています。「今こそ、その時だ。タバコは病気の元になるという批判を完全に否定できる証拠が必要なんだ。」

 

というのも、この時、Marlboro Man(マルボロマン)のキャンペーンが訴訟の危機に立たされていました。そこで、ウェイクハムはドイツのケルンに巨大な研究施設を立てて、実験をすると決断していました。

 

しかし、1968年にドイツ政府が「嗜好品」の製造のために動物実験を行うことを禁止したため、施設で働いていた研究者の多くはブルッセル近郊へと追いやられる結果となりました。

 

また、ウェイクハムが残酷だったのは人間に対してだけではありません。これは一例です。彼は1969年にアメリカのオーガスタやミシガンにあるFort Custer State Home(精神疾患を抱える人のための施設)の医師、ロナルドR.ハッチンソン博士と手を組んで、ニコチンが不安を和らげるのかを検証する実験を行っています。

 

この時に実験台となったのはリスザルです。まず、ハッチンソンはリスザルの頭蓋骨を開いて電極を入れ、そこから電気パルスで電気ショックを誘発。そして、その後にニコチンを注入し、不安が和らぐか検証しました。

 

この「shock the monkey(サルを感電させる)」と呼ばれた実験ですが、会社のイメージを守るために、極秘とされました。そのため、実験結果を公のものにする際は、必ずウェイクハムの承諾が必要だったそうです。

 

加えて、タバコによる死亡について、彼は1976年のイギリスのドキュメンタリー「“Death in the West”(西側の死)」に関するインタビューでこう語っています。映画で取り上げられた、タバコが原因で亡くなったカウボーイについて、「どんなものでも摂取しすぎると死につながる。アップスソースだってそうだ・・・」と。これに対して、アップルソースが原因で亡くなった人はいませんが、と返すと「死にいたるほどアップルソースを食べる人がいないというだけだ!」と反論しました。

 

映画は、その後、フィリップ モリス社が自社の評判を下げるものだと、イギリスに弁護士団を送り、裁判においてアメリカを含む全ての国での公開が禁止になりました。さらに、コピーは全て没収され、製作陣は生涯に渡って映画について話すことを禁じられました。映画の断片はインターネットで見ることができますが、全貌が公開されたことはこれまで一度もありません。

 

悪とは時に、残酷なほどちっぽけだったりします・・・例えば、人類史に残るほどの非道な文書は、どこかの官僚が喫煙室でタバコを吸いながら、適当に書いたものかもしれません。連続殺人だって、実際に企てた人物は表には姿を見せず、絶対に自分の手は汚しません。つまり、殺人の裏に絡んでいる人の多くは、裁判にかけられずにすんでいるのです。大量殺人は一人で行えるものでは決してないですからです。

 

タバコは年間で50万人ものアメリカ人の死因となっています。しかし、「タバコを吸うかどうかは、あくまでも個人の選択」に委ねられています。 ウェイクハムたちはこうして、様々な事実を隠しながら、タバコの害を個人に押しつけてきたのです。

 

タバコがどれだけ悪なのを測る方法は実はたくさんあります。タバコを一本すうと10分ほど寿命が短くなり、アメリカにおいて、喫煙による死者は年間で50万人。さらに全世界で見ると、死者の数はその10倍ほどになります。

 

この大惨事を引き起こした張本人がウェイクハムといえます。仮に、100万本吸うと亡くなると仮定すると、ウェイクハムが生きた1959-81年の間には、4兆本ものタバコが生産されています。単純計算して400万人のアメリカ人を殺したということになるのです。

 

もし、これが「悪」でないなら、何が「悪」なのか・・・

明日は誰が最悪な科学者となりえるのか・・・

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