「そして男は時計を捨てた・・・」にようこそ!

 

このブログサイトは、みなさんの知識や情報、その他のことを入手するお手伝いをするブログサイトです。

 

テ-マを設けずに、さまざまな事柄を書いていきます。ごくまれに私的なことも織り混ぜていこうと思います。

 

ぜひ、このブログを活用していただけたら、うれしく思います。ただし、このブログには画像は一切ありません。文章のみのブログになっています。

 

毎日記事を更新していきます。土、日は更新は多めとなります。

 

「そして男は時計を捨てた・・・」を今後も末長くご愛読ください😉 by ひとり編集長




社会

日本人が知らないところで「未来学」がブーム?

未来学という学問があります。それは「あるべき」未来の姿を見据え、備え、行動するための学問のことです。

 

社会学や経済学、政治学、数学に統計学などさまざまな領域が学際的に重なり合います。草創期は数々のSF(サイエンスフィクション)小説の中に描かれる「未来」に彩られていました。SFに見られる想像性と創造性が未来学の原点です。それは今も脈々と息づいているのです。

 

欧米を中心に大学や高校、中学で教えられている一方、日本ではまだまだ馴染みが薄い未来学ですが歴史をひも解いてみると、その発展に実は日本が一役買ってきたことが分かります。そしてその事実はあまり知られていません。

 

なぜ今、未来学なのでしょうか?

「今、未来学がブームですよ!」

 

そんなことを言われたら、キョトンとされてしまうことでしょう。しかしこのブームは一面の事実でもあったりするのです。海外に目を向けると、未来学を学ぼうというトレンドの波は21世紀を迎える前から次第に高まり、学校教育や企業の戦略立案、さらには国家の方針策定といった場面で未来学が取り入れられてきました。

 

それに加えて、ビッグデータなどの技術革新に伴う今、次のAI(人工知能)ブームにより、未来学の実効性が一段と高まる兆しが見られます。

 

ただ、日本においてはAIブームの実感はあるにしても、未来学ブームという感覚はほとんどないかもしれません。

 

長期的に見れば、未来学のブームは押しては返す波のように繰り返しているのです。ちょうどAIのブームと冬の時代が交互に訪れ、今が第3次ブームと言われるのと同じようにです。

 

「昨年末から今年へかけて、(中略)大変な未来ブームだった」。

 

これは2011年に亡くなった日本を代表するSF作家、小松左京氏による1967年の論考『<未来論>の現状』の一節です。ゆえに今の話ではありません。

 

小松氏は1968年に民族学者の故・梅棹忠夫氏など有志らと「日本未来学会」を立ち上げました。この時代は、高度経済成長期を謳歌していた日本に住む多くの人が、先の未来に夢を抱いていました。そうした中、

「そもそも未来学なるものは、学として成立しうるものだろうか」(梅棹氏)

「「未来学」そのものが、いまようやく端緒に就いたばかり」(小松氏)

 

と未来学を本格的に普及させる機運が高まっていたのです。未来学をどういう方向に進めていくべきか、この時探っていたのです。

 

半ば手探りの状態ではありながら、そこには熱情があったのでしょう。未来を自分たちの手でつくり出していくという使命感や高揚感もあったはずです。

 

日本で未来学を根付かせ、発展させようという熱意は1970年、京都での未来学の国際会議「第2回国際未来学会」開催にも表れています。そして、この会議を契機に「世界未来学連盟」(World Futures Studies Federation)がパリで発足しました。

 

日本がこの国際会議をホストした1970年、日本の未来学ブームは沸点に達したといえます。同年、大阪で万国博覧会が開かれたことは決して偶然なのではなく、むしろ深い関係があったように思えます。

 

しかしそれから半世紀余りが過ぎた今、日本における未来学の認知度、理解度は決して高いとはいえません。むしろ、知らない人の方が圧倒的でしょう。

 

1967年当時、大学における「未来学科」新設について「いまから、未来学の体系について、いくらかはかんがえておいたほうがいいようにおもわれる」(『未来学の提唱』(1967)より)という梅棹氏の指摘がありながらも、日本において未来学に関する議論は目立った盛り上がりを見せぬまま21世紀を迎え、今に至っています。

 

あの一時期の未来学に対する熱はどこへ行ってしまったのか・・・

 

一方、世界ではこの半世紀の間に、未来学についての熟議が重ねられ、体系化された一学問として認識されるようになりました。欧米を中心として未来学の学術的使命が徐々に明確になり、学問の輪郭がはっきりとしてきました。その理論がビジネスなど実社会に応用されるケースも増えてきたのです。

 

未来学は、着実に浸透してきた海外に比べ、日本では依然あまり耳慣れない言葉のままです。しかし、日本は今後この学問が大きく発展する余地があると考えられています。

 

地球温暖化や海洋汚染といった問題など、未来学が扱う主要テーマの1つ、SDGs(国連が掲げる持続可能な開発目標)の諸課題は、日本にとって決して無関係ではないのです。そうした課題の解決に向けて、きっと未来学は活用できるはずです。

 

日本は少子高齢化など将来の人口動態が不安視される課題先進国です。未来学が大きく花開く素地が日本には存在するのです。

 

実際、日本で未来学の胚胎を予感させる動きはこのところ顕著です。未来の技術や社会を予想したり、自社の将来像と重ねたりする企業の取り組みが目立ち、未来学者、フューチャリストという肩書も散見されます。

 

ただ、それぞれの企業や人物が別個に活動している節があり、混沌とした状態ともいえます。そこに未来学という横串を刺すことができるのなら、有機的な連携が生まれ、学問的発展も見込めます。

 

世界未来学連盟をはじめ、未来学を学究する国際団体からも、日本の取り組みに対する注目度は高いのです。パンデミックに見舞われる前と後とで様変わりしてしまったた世界において、2025年に控えた大阪・関西万博の開催方針、未来的な展示の打ち出し方が1つの焦点となっています。

 

それでは結局、未来学とは一体どのような学問なのか?

 

それは論者によって、さまざまな言われ方をします。

「未来学では未来に個人の人生・運命を委ねるのではなく、個人が未来をつくっていく」

「未来学は歴史学の延長線上にある」

「未来学とSFは相補的関係にある」

それらは、どれが正解でどれが不正解というものではなく、未来学のどの側面に光を当てているかという違いです。中でも、最も重要なメッセージは「決められた未来はない。未来は変えることができる」という大前提です。

 

つまり、冒頭のように未来学は「『あるべき』未来の姿を見据え、備え、行動するための学問」となるのです。

ABOUT ME
makoto
「そして男は時計を捨てた・・・」を運営している、ひとり編集長のmakotoです。 「そして男は時計を捨てた・・・」を活用して知識や情報を深めていきましょう!新聞を読むような感じでペラペラめくってみて下さい。 そして、自分の大好きな方に知識をシェアしていってください👍 ひとり編集長と情報の冒険をしましょう😃どうぞよろしくお願いします👍