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歴史

大谷翔平も受けた「トミー・ジョン手術」の考案者フランク・ジョーブ

1925年7月15日、 「トミー・ジョン手術」の考案者である整形外科医のフランク・ジョーブ(Frank James Jobe, 1925-2014)がアメリカのノースカロライナ州で誕生しました。「トミー・ジョン手術」とは、損傷した肘の靭帯(じんたい)を再建するもので、この手術によって多くの野球選手が故障から回復しているのです。

 

1943年にテネシー州の学校を卒業したジョーブはアメリカ陸軍に入隊し、第二次世界大戦などに従軍しました。戦後、いくつかの大学で学んだ彼は最終的にロマ・リンダ大学の医学部へと進学し、1956年に医学博士号を取得しました。

 

その後しばらくは開業医として働いていましたが、1964年にMBLチームの一つであるロサンゼルス・ドジャースに声をかけられ、野球選手に対して医学的なアドバイスをするようになります。

 

このことをきっかけとして当時発展途上であったスポーツ医学の発展を志すようになったジョーブは、同じく医師のロバート・カーランとともに整形外科の医療グループを設立しました。

 

この医療グループには、野球だけではなくサッカーやバスケットボールなど、いわゆる北米4大スポーツの選手たちを含めた多くの人々に治療を施していきました。

 

彼らの治療活動のなかでジョーブが考案したのが「トミー・ジョン手術」です。

 

これは損傷した肘の靭帯を切除し、反対側の腕など自分自身の別の部位から正常な腱(けん)を移植するという自家移植の一種です。ちなみに骨と骨をつなぐ結合組織を靭帯、骨と骨格筋をつなぐ結合組織を腱といいます。

 

この手術は1974年に、ロサンゼルス・ドジャースのトミー・ジョン選手に対して初めて施術され、再起不能と思われた靭帯断裂から奇跡の復活を遂げたことで有名になりました。

 

日本人でもダルビッシュ有選手や大谷翔平選手などがこの手術を受け、無事に怪我からの復帰を果たしています。

 

ちなみに、人気スポーツゲーム『実況パワフルプロ野球』シリーズに登場する「ダイジョーブ博士」という人物の名前は、このジョーブの名前からとられています👍

 

これで、ダイジョ-ブ😉

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