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歴史

ロジウム、パラジウムの発見者 ウィリアム・ウォラストン

1766年の8月6日、化学者のウィリアム・ウォラストン(William Hyde Wollaston, 1766-1828)がイギリスで誕生しました。

 

若い頃から優秀であったウォラストンはケンブリッジ大学で医学を学び、その後開業医としてキャリアをスタートさせました。

 

しかし、医学以外の道にも興味があったウォラストンは1800年に医者を辞め、一番好んでいた化学の道に転向することにしたのです。

 

そして、これがウォラストンの人生の分岐点となります😉

 

最初に研究したのは白金の研究でした。1804年には可鍛性(かたんせい)白金の生成に成功しました。可鍛性とは、簡単に言えばその物体に力を加えたときに割れたりすることなく形が変えられる性質のことです。その技術を用いた極細の白金線には彼の名前がつけられ、これが販売されると大きな利益を生み出したのです。

 

また、彼はその研究の過程でパラジウムとロジウムという二つの新元素の発見も成し遂げています。

 

多くの分野に関心があった彼の功績は化学の世界にとどまることはなく、現在ではフラウン・ホーファー線と呼ばれる太陽スペクトル中の暗線発見や腎臓結石の基本成分を決定するなど多岐に渡ります。

 

ウォラストンは1828年に亡くなりますが、彼の意志によって地質学に業績のあった研究者に贈られる「ウォラストンメダル」が創立され、1831年の第1回はイギリス本土の地質図を作成したウィリアム・スミスが受賞しています😊

 

彼が医者になっていたなら、この発見はなかったのかもしれませんね🙆

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