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音楽

ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞に秘められた謎

イギリスのロックバンド・クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。映画のタイトルにもなったこの曲には実はいくつもの謎が隠されている・・・

 

1999年、イギリスの音楽特別番組『ミュージック・オブ・ザ・ミレニアム』にて「過去1000年でイギリス人が選んだ最も重要な曲」が選ばれました。その第1位を獲得したのが「ボヘミアン・ラプソディ」です。ジョン・レノンの「イマジン」とビートルズの「ヘイ・ジュード」を抑えたというと、さらにそのすごさがわかるのではないでしょうか。

 

オリジナルメンバーであるブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、フレディ・マーキュリーが1970年に集まり、翌年、オーディションにてジョン・ディーコンが加入してクイーンが結成されました。その後メンバーの入れ替えは一切なしという、ロックバンドとしては貴重なスタイルの始まりとなります。

 

73年にファーストアルバム『戦慄の王女』を発表。74年には2枚目のアルバム『クイーンⅡ』、立て続けに3枚目の『シアー・ハート・アタック』をリリースし、そこからのシングル「キラー・クイーン」がバンドとしての初ブレイクとなります。翌75年に4枚目のアルバム『オペラ座の夜』を発表、シングルカットされた「ボヘミアン・ラプソディ」が世界的な大ヒットとなるのです。

 

まるで順風満帆なようにも聞こえますが、実はデビュー当初はまったくの鳴かず飛ばずだったのです😢。批評家にも、商業的であるとか何かの二番煎じだとか酷評される時期が長く続いたのです。

 

そもそも、Queenという名前自体がスラングで「ゲイ、おかま」という意味があり、最初から「イロモノ扱い」される要因はあったのです。バンド名はフレディの命名によるもので、彼の「女王」への愛着と、ものものしく、華やかでよいとの理由に基づいたものではありましたが、他メンバーはあまり乗り気でなかったのもうなずけますよね😅。

 

金銭的にも長いこと受難が続き、「ボヘミアン・ラプソディ」がヒットした後もフレディとロジャーは以前からの生業である古着屋を続けざるを得なかったのです。最初に契約した制作会社がブラック企業のようなもので、契約条件が劣悪だったといいます。

 

「ボヘミアン・ラプソディ」はイギリスでは9週連続No.1という快挙を成し遂げます。もっとも、批評家たちにはあいかわらず受けが悪く、爆発的に増えた新しいファンが支えた大ヒットだったのです👍。

 

この楽曲は、あらゆる意味で「破格」でした。まず人々を驚かせたのは、とにかく曲が長いことだった(5分57秒)にあります。

 

6分近くある曲は今でこそめずらしくありませんが、当時このような前例はまずなかったのです。1975年のヒットチャートを見ると、いずれも3~4分程度が主流です。長すぎてラジオでもかけられないと、レコード会社の上層部はシングルカットを断固拒否しました。しかし、フレディが反対を押し切って友人のDJケニー・エヴェレットに音源を持ち込み、売り込んだエピソードは有名です。

 

エヴェレットは自分の番組でこの曲を繰り返しかけました。その結果、レコード発売前から店先に並ぶファンが現れ始め、テレビ放映後の爆発的ヒットを後押ししたのです。

 

そして、この曲の長さはその特別な音楽構成にもよるものです。一曲の中に変調がいくつもあります。いきなり始まる重ねられたアカペラ(パートA)、フレディのしっとりしたバラード(パートB)へと続き、しかし独特の喧騒に満ちたオペラ風(パートC)へとがらりと変わり、次にハードロック調ギターソロ(パートD)が続き、再びフレディのボーカル(パートB)へと戻り、終わります。つまり、この曲にはアカペラ(A)→バラード(B)→オペラ(C)→ハードロック(D)→バラード(B)という、まったく異なるジャンルが共存しているのです。

 

普通は、イントロの次にAメロが入り、Bメロ、サビ、またAメロに戻り、Bメロ、間奏・・・などと続くものです。もちろん楽曲のアレンジは無数に存在しますが、標準的には、聴いている人が予定調和の安定感や安心感を覚えるよう構成されることが多いのです。しかし「ボヘミアン・ラプソディ」は初めて聴くものに「次」を予想させないのです。つまり、従来の商業的ルールにまったく従わないオキテ破りの曲なのです。

 

このような特徴的な音楽性について、ポピュラー音楽を専門とするチェスター大学准教授のルース・ドックレー氏はクイーンの他の一連の楽曲と共に「コンプレックス・ソング」であると分類しています。

 

ちなみに、「コンプレックス・ソング」とは「複雑に入り組んだ曲」を意味し、日本語の「コンプレックス」(劣等感)とは無関係です。

 

スポーツの場の応援歌のようにオーディエンスの参加を目的とした曲(たとえば「伝説のチャンピオン」〈We are the Champions〉や「ウィ・ウィル・ロック・ユー」など)とは異なって、込み入った仕掛けが曲を魅力的にしているタイプの楽曲なのです。

 

一曲の中に異なるスタイルが盛り込まれ、それらが一つの物語を構成しています。そして実際、フレディは「ボヘミアン・ラプソディ」が、元々は3曲別々に作ったものを合体させたものだと発言しています。「ザ・カウボーイ・ソング」と題された歌詞を、ブライアンや他の友人が見たという証言もあり、どうやらその一部はクイーン結成以前のもののようです。つまり、この曲は正真正銘のコンプレックス・ソングなのです。

 

曲を聴いたことはあっても、曲全体の歌詞を知っている人はそれほど多くないかもしれません。それでも、あまりにも有名なバラード・パートの冒頭、フレディが歌う“Mama……just killed a man……”(ママ、人を殺してしまった・・・)の一節を知らない人はいないでしょう。

 

「ママが人を殺してしまった」歌だと思っている人もいるかもしれません(ここのみ聴いただけであればそれも十分に考えられる)が、続くフレディの心の叫びのような「語り」を通して吟味してみると、やはり主人公が人を殺してしまった歌のように解釈できます。

 

しかし、それがとってもヘンテコ😅。

 

だって、なぜそんな重大なことを切なげに謳い上げていくのよ?なにより、物騒じゃん😱。本楽曲がすごくてヘンなのは「音楽的」要素が大きいからですが、それと同じくらい、この歌詞が理解を超え、謎に満ちていると思わない?

 

歌詞の解釈は多岐にわたり、とりわけネットでは「まとめをまとめた」ようなサイトも多く、実のところ収拾がつきません。

 

全体的な流れをまとめてみると、これは殺人を起こした若者の物語です。前半では、繰り返される「ママ」への呼びかけが象徴するように、罪悪感や自分の人生を自らだいなしにしてしまったことへの後悔、恐怖、絶望が告白されます。

 

後半では、あたかも裁判が繰り広げられているような展開となって、宗教的、倫理的に彼を裁こうとする者と、彼を救済しようとする者が現れ、主人公は混乱のまま恩赦を求め逃げまどいます。そして最後には諦念の域へと向かっていきます。

 

人を誤って殺した若者が自分を救済するために悪魔に魂を売ろうとするパートを、ゲーテの『ファウスト』のモチーフになぞる学者もいます。あるいはカミュの小説『異邦人』の冒頭、有名な「今日、ママンが死んだ」という一節との比較も可能かもしれません。

 

また、“Mama”「ママ」という呼びかけがロックの歌詞としては異質であるとの指摘も見逃せません。なぜなら、母親を“Mama”「ママ」と呼ぶのは、イギリスではきわめて限られた上層階級のみであるからです。後ろにストレスを置いて「ママ」maMaと発音すると言うとわかりやすいでしょうか? 「お母様」、あるいは日本語で子供が甘えて「ママー」と呼んでいるような感じだと思ってください👍。

 

かなり時代錯誤な表現ですし、フレディは良家の子息ではありますが、1970年代において彼が実際に母親を“Mama”「ママ」と呼んでいたとは少し考えられません。母ジャー氏の話からも、普段は“Mum”と呼んでいたようです。

 

つまり、フィクションとしてかなり作り込んだ、技巧を凝らした上での言葉の選択なのかもしれません。とすると、この主人公を単純にフレディ自身と見立てるのは安直かもしれない・・・

 

ちなみに、チャールズ皇太子が2012年のエリザベス女王即位60周年記念式典で、正式な場で使われる“Your Majesty”(陛下)と言った後に“Mummy”(お母さん)と呼びかけたことが大きな話題となりました。知らされていなかったらしく、女王は一瞬目を丸くして驚きの表情を隠しませんでしたが、ほのぼのとしたよいシーンとして受け止められました。これはハリー(ヘンリー)王子のアイデアだったそうですが、キャサリン妃人気の影響もあり、開かれた王室をアピールするよい機会ともなりました。

 

チャールズ皇太子が普段女王をどのように呼んでいるかは好奇心旺盛な市民の一つの「謎」のようですが、少なくとも公の場や談話では女王を“Mama”と言及しています(ただし呼びかけではないようです)。

 

基本的には、王室のようなごく限られた上流階級が正式な場で使う語彙です。ただし文脈によっては特別な親愛の情を示したり、幼さを表したり、また、わざとおどけてきどった印象を意図して使われることもあるようです。ということは、「ボヘミアン・ラプソディ」がこの言葉を用いてなにかのパロディを目指したという読み方もできるかもしれません。

 

また、実際に人を殺してはおらず、二つの世界(現実と幻想)自体がすべて仮のものであるという読み方もできそうです。オックスフォード大学の学者たちは、主人公の青年をフレディと重ねながらも、冒頭の箇所を「いやいや……殺してないから……」とも評しています。

 

いずれにせよ、解釈はこの曲を読み解こうとする人の数だけあるといっても過言ではありません。解釈を鑑賞する者に委ねる、オープンエンドの形式に則っていると考えればよいのかもしれません。

 

フレディの曲作りはメロディ先行で、次に曲の全体的な構成を組み立て、最後に歌詞を合わせていくことが多かったといいます。「ボヘミアン・ラプソディ」も例にもれません。

 

「歌詞は苦手」「僕の歌詞はファンタジー、作り物である」という発言さえあります。気の利いたフレーズがちりばめられていたり(「キラー・クイーン」などはまさにそうでしょう)、叙事詩のようにスケールの大きな、豪華絢爛な世界を生き生きと描く歌詞も多く生み出しているのに、意外なことに、彼を熱心な読書家であったと語る人は見当たりません。インスピレーションの源は必ずしも読書ではなかったということなのでしょうか・・・

 

しかし一方で、「ボヘミアン・ラプソディ」がカミュの『異邦人』を彷彿とさせるという意見もわからないではありませんし、初期のアルバム数作ですでに円熟を極めているといってもいいような技巧的な歌詞が、まったく文学を好まない人物の作だととらえるのも難しいようにも思えます。

 

天才の創作活動の秘密をうかがい知るのは容易ではありませんが、確実に言えるのは、その土台に高い美意識と豊かな想像力があったこと。周知の通り、フレディは美しいもの――音楽、美術、ファッション、オペラ、バレエなど――をこよなく愛しました。

 

1970年代半ばからバレエ好きであることを公言し、1979年にはロイヤル・バレエ団との共演を実現させました。フレディはダンサーでもあったのです。コンサートでバレエの衣装(あるいはそれに近いもの)を身に着けることもありました。

 

また、憧れのオペラ歌手であったモンセラート・カバリエとのアルバム制作(1988年)も果たしています。これも意外ですが、フレディはオペラに関してそれほど詳しいわけではなかったといいます。

 

ただ、バレエにしてもオペラにしても、自らの美意識に忠実でチャレンジ精神に富み、ジャンルの枠にとらわれることなく、軽々とその垣根を越え自分の世界を作り上げていく姿は、とても彼らしいことのように思えます😊。そのクロスオーバーな様相の一端が、本楽曲にすでに如実に表れていたわけです。

 

一曲の中に何曲分もの味わいがあり、歌われている物語はとてもミステリアス。特殊効果を駆使した映像で皆の度肝を抜き、一夜にして本国のヒットチャートを駆け上り、世界へとその熱狂は広がったのです。

 

そしてこの歌が未だ愛され続ける理由の一つは、この歌が謎に満ちているからではないでしょうか・・・🙆


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