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歴史

ビール醸造家から天文学者への転身…ウィリアム・ラッセル

1799年の6月18日、イギリスの天文学者ウィリアム・ラッセル(William Lassell, 1799-1880)が誕生しました。 彼は海王星最大の衛星・トリトンの発見者として知られています。

 

ランカシャー州のボルトンで生まれたラッセルは、天文学者としての知名度とは裏腹にそのキャリアの前半を商人として過ごしています。

 

リバプールで商人に弟子入りし、7年間の修行を積んだラッセルはビール醸造家として大きな財をなしました。そんな多忙なキャリアの中で興味を持ち始めたのが天文学だったのです。

 

ラッセルはリバプールにある自宅「スターフィールド」に莫大な費用を投じて、金属鏡反射式望遠鏡を備えた私設の天文台を建てました。

 

彼は鏡の研磨なども自分で行うほど天文学にのめり込んでいき、その後、より観測に向いた立地を求めてブラッドストーンに天文台を移しました。彼が作った望遠鏡は彼の人生を通してマルタなどに移され続け、最終的にはグリニッジ王立天文台へと移されることとなります。

 

これらの行為は一見、金持ちの道楽に見えるかもしれませんが、彼の努力は1846年に確かな業績へと結びつくのです。

 

この年、天文学界では大きな発見がありました。フランス人天文学者のユルバン・ルヴェリエ(Urbain Jean Joseph Le Verrier)の計算に基づいてドイツのヨハン・ゴットフリート・ガレ(Johann Gottfried Galle)とその弟子ハインリヒ・ダレスト(Heinrich Louis d’Arrest)が海王星を発見したのです😊

 

天文学の界隈は「海王星の発見」、そしてそれが「計算に基づいたもの」であったという偉業に沸きましたが、その波に乗るように、ラッセルはガレが海王星を発見したわずか17日後に海王星最大の惑星であるトリトン(Triton)を発見しました👍

 

そこからラッセルは土星の衛星ヒュペリオン(Hyperion)、天王星の衛星アリエル(Ariel)とウンベリエル(Umbriel)を数年おきに次々と発見していき、その業績を不動のものとしました。

 

ラッセルは1830年にイギリス王立天文学会のフェローになると、70年から2年間はその会長を歴任しました。

 

1880年に101歳!で往生したラッセルはその望遠鏡とともに聖ルーク教会に埋葬されました。

 

彼の偉業は現在でも大きく讃えられていて、月や火星のクレーターに名前が冠されているほかにも、リバプール大学の一部学部の首席に送られる賞に名前を残しています🙆

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