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音楽

シュ-ベルト作曲「未完成交響曲」の秘話

ピアノで右手の高速連打から始まり、左手が不気味な旋律を奏でる「魔王」という歌曲。その曲に乗せられた詩はそれまでに聴いてきたクラシック音楽とは全く違い、救いようのない絶望的な世界を描いた詩・・・

 

詩を書いたのは、かの文豪ゲ-テです。そしてその悪夢のような詩にまるで雷に打たれたように感動して曲を付けたのが、18歳だったシュ-ベルトです。あっという間に曲を書き上げ、シュ-ベルトが学んでいた学校で初演した時、誰にも理解されなかったのです。

 

今では音楽の教科書にも載っているほどの超有名曲です。

 

シュ-ベルトは、この何ともやりきれない世界を、有名な未完成交響曲で描いています。しかし、なぜこの暗い曲が多くの人々に愛されているのでしょうか?

 

おそらく人が不安や恐れ、怒りや悲しみといった感情に襲われた時、この曲はそこに寄り添い、いたわろうとするからかもしれません。我が子を亡くした父の苦しさ、楽しかった我が子との思い出を美しく、そして儚く描いているように・・・

 

このような曲は「魔王」以外に、彼自身、他の作品はおろか、誰の作品にもなかったはずです。

 

少年の頃から高度な音楽教育を受け、才能にも恵まれて、次々と作品を書いていた彼。当然、目の前にそびえていたのは彼より27歳も年上の巨匠ベ-ト-ベンでした。

 

彼はベ-ト-ベンに対して尊敬というよりも畏怖の念を抱いていたようです。なので彼はベ-ト-ベンの作風を継ぐ気持ちにはなれなかったのでしょう。黄金に輝く勝利や、英雄の要素などはなく、曲調は真逆です。重苦しいネガティヴな感情を、それはあって当たり前だと達観しているように感じます。

 

「魔王」の初演は1865年です。何と曲が書かれてから43年後、彼の没後37年目です。

 

彼は25歳の時、とある音楽協会が名誉会員に推薦してくれたお礼として、第2楽章まで完成させたこの曲を贈呈しました。念願だった「魔王」の公開初演と楽譜出版が叶い、好評を博す中で書いたのです。

 

贈られた方は、その時どんな事情があったのか分かりませんが、書棚にしまい込んだのです。そして送った側であるシュ-ベルトの方は、第3楽章を少しは書いたのですが、なぜか完成に至ることなく曲を放置してしまいます。その後、彼はわずか31歳の若さで病死してしまうのです。

 

彼の真価が認められたのは、亡くなった後です。じわじわと彼の作品への尊敬の念が高まり、残された楽譜が探され始めたのです。非常にたくさんの未発表、未出版の作品が発見されたといいます。

 

現在「未完成交響曲」といわれる第2楽章分の楽譜が発見された時、既にシュ-ベルトは大変有名になっていました。だから第2楽章までの未完成作品なのに初演され、そのままニックネームとなったのです。

 

今ではベ-トベンの交響曲「運命」と並び称されるほどに。つまり、人生は何が幸いするか、分からないということなのです。😊

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