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映画

そして、私たちは永遠にすれ違っていく・・・「欲望の翼」

1980年代の香港映画は東洋のハリウッドと言われ、ジェッキー・チェンのカンフー映画やチョウ・ユンファ主演の『男たちの挽歌』を筆頭とした黒社会ノワール、そしてツイ・ハークが製作し、多くの亜流を生み出した『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』など、 玉手箱にありとあらゆる娯楽を詰め込んだ大作で栄華を極めていました。

 

しかし、1990年12月15日、それは突然変異のように、それまでの香港映画の概念にはなかったアート映画ともいえる一本の美しい恋愛映画が公開されたのです。

 

上映期間はわずか13日間。興行収入もその年の香港映画のベスト30にも入っていません。しかし、その影響力は大きく、第10回香港電影金像奨(1991年開催)において、作品賞、監督賞、主演男優賞の三部門を独占しました。

 

これが監督2作目となるウォン・カーウァイ(王家衛)の手掛けた『欲望の翼』です。

 

この作品の特筆すべき点は、それまでの香港映画にほとんど出てくることのなかった、深く内省する人物が出てきて、彼らの恋愛を巡る心象風景を美しく抽出していることでした。

 

ポイントなのは公開年より30年も前に遡った1960年という近い過去を舞台にしていることです。

 

1960年というのは製作当時30代前半だったカーウァイをはじめとして、20代後半のキャストたちの親世代の青春期にあたり、香港の若い観客にとっては親世代への思いをはせると同時に、香港の歴史を振り返る役目を果たすものにもなったのです。

 

映画公開から7年先の1997年7月1日には、99年の租借を経て、香港の主権がイギリスから中華人民共和国へと返還、再譲渡される「香港返還」が差し迫っていました。

 

そう、自分たちはどこから来て、これからどこへ向かっていくのか?それまで経済の繁栄を追い求めて、ひたすらにひた走ってきた香港人たちにふと、歩みを止めて、思考するきっかけを与えた作品となったのです。

 

レスリー・チャンが演じる主人公のヨディは養母の金を蝕んでは何もせず暮らす男です。

 

彼はサッカー球技場の売り子をするスー・リーチェン(マギー・チャン)や、養母の営むナイトクラブの踊り子ミミ(カリーナ・ラウ)と付き合いますが、彼の心はまだ見ぬ生母への思慕が渦巻き、どの恋も彼を満たすことがありません。

 

このヨデイの養母と生母を巡る関係性を、イギリスと中国の間で揺れる香港人の「自分の本当の親は誰?」と彷徨うアイデンティティと重ねてみると、この映画が単なる恋愛映画を越えた示唆に満ちていることがわかると思います。

 

ウォン・カーウァイの作家としての特性は、時間と場所へのこだわりに発揮されています。

 

『欲望の翼』でのスー・リーチェンの恋は、それまでほとんど話をしたことがなかったヨディから声をかけられ、一緒に時計を見るように言われることから始まります。

 

「1960年4月16日、3時1分前、君は僕といた。この1分を忘れない・・・」

 

この1分の魔術でスーは恋に落ち、彼に身を任せます。そして後に、ヨディが成り行きで踊り子ミミと関係を持ってからは、あの一分が呪いの様に彼女を苦しめることとなります。

 

あの時、あの1分を共に過ごさなければ、こんな恋の苦しみに身を投じなかったのにと・・・。恋に落ちる瞬間をフィルムに定着させることにおいて、ウォン・カーウァイは天才的といえます。

 

ミミとの出会いの場面も鮮明です。養母の若い愛人が養母のイヤリングを盗んだことに激昂するヨディは、養母のナイトクラブの楽屋でその男をしたたかに殴り倒します。

 

その時、たまたま楽屋にいたミミはどさくさに紛れ、その真珠を自分のバッグにしまい込むが、ヨディに見透かされ、取り返されます。

 

しかし、瞬時に彼はその一つを彼女に渡し、「もう一つが欲しければ、ついてこい」と誘います。

 

ヨデイ役のレスリー・チャンの一連のクールな佇まいの前にしたら、どんな女性も陥落せざるを得ません。ミミは放り投げられたイヤリングを受け取った瞬間、もうヨディの魔力にかかっているのです。

 

しかし、ウォン・カーウァイの描く恋はいつも続かないのです。そしてその思いはいつも一方通行で、永遠にすれ違うのです・・・

 

なぜなら彼らは、恋に陥る前に、自身のアイデンティティに大きな欠落があって、恋では充足されない寂しさを抱えているからです。

 

この永遠の片思いのドラマはその後、『恋する惑星』『ブエノスアイレス』『花様年華』と引き継がれていくこととなります。

 

『欲望の翼』で提示される60年代の香港の風景は登場人物以外の人がほとんどおらず、静かでどこか冷ややかな雰囲気をたたえています。

 

ヨディへの思いを断ち切れず、夜の坂道を彷徨するスーと、彼女を保護して以来、心配しては、夜道をそっと寄り添う警官(アンディ・ラウ)とのやり取りも常に人気のない暗闇の中です。

 

ウォン・カーウァイはこの作品を撮るにあたって、実際の1960年代の再現ではなく、58年生まれの彼が幼少期に記憶した香港の風景を映像にしたといいます。だから、恋心が沈んでいる香港の風景は寒い色で構成されていて、どこか鈍く重いのです。

 

しかし、対照的に時々、緑が艶やかなジャングルの風景が印象的にインサートされます。

 

これは後に、生母を訪ねてフィリピンに向かうヨディの南国の密林への情景と重なっていくのですが、どのシーンも鮮やかな印象を残し耽美に内省する世界観を支えるのが、クリストファー・ドイルのカメラとウィリアム・チャンの美術です。

 

オーストラリア出身のドイルは18歳の時に船乗りとなってシドニーを後にし、いくつかの職業を経て中国語を学び、そこで培った人脈を生かし、香港で映画作りに携わっていきます。

 

生粋の根無し草で、船乗りでいる間、世界中の都市の風景を見てきたドイルの映す香港はどこか異邦人の視線が忍び込んで、香港人ですらも自覚していないこの土地の面白さを浮かび上がらせています。

 

一方、ウィリアム・チャンは衣装、美術、グラフィック、ときに編集も音楽も担当するマルチ型のアートディレクターで、とくに自身の母親が日常的に仕立て屋からチャイナ服を作らせていたといい、そこで培った女性の美を際立たせる衣装作りに卓越しています。

 

本作では高等遊民であるヨディのボーリングシャツやミミのボディコンシャスなミニドレスなどで彼らの遊興に明け暮れる様を見せ、地道に働くスーや警官の地味な姿とのギャップを拡げています。

 

劇中、ヨデイとミミと、ミミに片思いするヨディの親友(ジャッキー・チュン)がよく行く店として出てくるのが北角の皇后飯店 (クイーンズ カフェ)。

 

ロシア料理店からカフェとなった店で、甘すぎないミルクヌガーも好評な店だが、撮影中、この店をすっかり気に入ったヨディ役のレスリー・チャンが、ウィリアム・チョンの美術で銅鑼灣に姉妹店を出したことはよく知られています。

 

映画の舞台となった店舗はもうなくなってしまいましたが、2009年、そこからそう離れていない同じ北角に再び皇后飯店は復活し、映画の中でスーと警官が待ち合わせした電話ボックスが設置されています。

 

レスリーはこの世からいなくなってしまいましたが、彼が愛した空間は伝説の恋愛映画の雰囲気を伝える場として、まだ確実に香港で息づいているのです。

 

結局、どれだけ近づいても、私たちは永遠にすれ違っていくのです・・・


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