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歴史

「聖杯」って一体どんな物? いかにして「奇跡の器」になったのか?

『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989年)は、考古学者が活躍する痛快アクション映画です。本作ではジョーンズ親子は不思議な力を秘めた聖杯を探し求めますが、キリストが最後の晩餐で用いた器は古くから人々の関心を集めてきたのです。

 

そんな聖杯が現存するのかというと、スペインのヴァレンシア大聖堂などが所有を主張しているものの、真偽のほどは明らかではありません。

 

考古学上の議論は置いといて😅

人々は長いこと聖杯について想像の翼をはばたかせてきたのです。主人公の父、ショーン・コネリー扮するヘンリー・ジョーンズ博士は中世文学の専門家ですが、なぜ自身の専門よりもはるかに古い時代の「奇跡の器」を探し求めるのかというと、聖杯は12~15世紀の騎士物語、アーサー王ロマンスで注目を集めたモチーフだったからなのです👍

 

しかし、その記述は多岐にわたっていて、どのような奇跡をもたらすのかは作品によって異なります。また中世写本に描かれた聖杯は多種多様なデザインで、とても正しい形状をひとつには絞れないほどなのです。

 

そんな聖杯の捉えどころのなさ?!は、現代作品でも同様です。21世紀を迎えてもなお、神の器は多くのクリエイターを魅了し、次々と新たらしい“伝説”が生み出されています。

 

どのように人々は聖杯を思い描いてきたのかを、中世ヨーロッパ文学、特にアーサー王伝説から現代日本の娯楽作品に至るまで簡単に紹介してみます。

 

日本では「円卓の騎士」や「名剣エクスカリバー」で有名なアーサー王伝説ですが、その起源は古代ケルトの英雄譚だとされています。5世紀以降、伝説の舞台ブリテン島はサクソン人の侵略に晒されますが、彼らを相手に善戦した勇士の名がアーサーでした。

 

元は「アーサーはベイドン山の戦いで勝利を収めた」「カムランの戦いで命を落とした」といった断片的な記録しか残されていなかったのですが、時代が経つにつれてどんどん話が膨らんでいきました。

 

12世紀の書物でアーサーは王となり、そして次第に王の覇業よりも、彼に仕える円卓の騎士たちの冒険が読者を楽しませるようになったのです。

 

聖杯も同様に、後からアーサー王伝説に組み込まれたものでした。その発端になったのは12世紀フランスの詩人クレチアン・ド・トロワによる『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』です。冒険の途中、とある城を訪れた若き騎士パーシヴァルは、不思議な光景を目にします。

 

両手で一個のグラアルを、ひとりの乙女が捧げ持ち、いまの小姓たちといっしょに入ってきたが、この乙女は美しく、気品があり、優雅に身を装っていた・・・彼女が、広間の中へ、グラアルを捧げ持って入ってきたとき、じつに大変な明るさがもたらされたので、数々の蝋燭の灯も、ちょうど、太陽か月が昇るときの星のように、明るさを失ったほどである・・・

(『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』天沢退二郎訳)より

 

当時のフランス語でグラアルは「幅広く、やや深みのある貴金属製の大皿」を意味したようです。そして「一個のグラアル」という表現から分かるように、この作品は「グラアル」という語を普通名詞として用いています。つまりこの世に唯一無二のものではなく、いくつも存在している器というニュアンスになるのです。

 

しかしクレチアンは・・・

「高価な宝石が、グラアルにたくさん、さまざまに嵌めこまれていたが、それらはおよそ海や陸にある中で、最も立派で最も貴重なものばかりだった」

「あの器で運ばれて供されるのは聖餅(ホスチア)のみ」

 

といった断片的な情報しか書き記しておらず、グラアルとは何なのかは詳しく説明されないまま、物語は未完で終わるのです。

 

謎の器グラアルに大きな変化をもたらしたのが、13世紀初頭に古フランス語で著されたロベール・ド・ボロンの『聖杯由来の物語』でした。ロベールはグラアルを、最後の晩餐で使用された聖なる杯として描写しました。

 

キリストが磔刑にされた際、アリマテアのヨセフと呼ばれる騎士が亡骸から集めた血をこの器に入れました。聖なる血を受けた杯は奇跡を起こし、イエスを埋葬したことで彼を憎む人々によって幽閉されたヨセフの命を救いました。また、イエスの信者たちを善人と悪人に分け、前者のみに神の恩寵を与えたのです。

 

その少し後に成立したフランス語散文の物語『聖杯の探索』では、聖杯を「願いを叶え、永遠の命を与える器」と見なすことができます。

 

名声や貴婦人の愛を求める者たちがことごとく冒険に失敗する中、ガラハッド、パーシヴァル、ボールスの3人は信仰篤き騎士として神に認められます。そして聖なる探求を成し遂げたガラハッドは肉体の死と魂の生を祈り、天使に囲まれて昇天するのです。

 

聖杯はガラハッドの願いを聞き入れ、天国における永遠の生命を与えました。もしかしたらこの結末が「獲得した者の望みを叶える」「不死を授ける」という、後世の作品における聖杯の描写に影響を与えたのかもしれません。

 

中世フランスで著された『聖杯の探索』は、英語に翻案された形で多くの人々に読まれることとなりました。イングランドの騎士トマス・マロリーが『聖杯の探索』を含むアーサー王のさまざまな書物をまとめ直して、それが英国初の出版業者ウィリアム・キャクストンによって『アーサー王の死』という題名で1485年に出版されたのです。

 

作者が15世紀英国の騎士だということもあったのでしょうか?マロリーの聖杯物語ではフランスの作品における宗教的な要素が大幅に削除されています。

 

その最たる例は、聖杯の騎士のひとりであるボールスの発言にあります。

彼は隠者に・・・

「私は助言を求める騎士です。聖杯の探索に加わりましたが、それはこの冒険を終わらせる者が、大いなる地上の栄光を手に入れることになるからです」

と名乗ります。

 

また、聖杯の描写も省略によって曖昧なものとなり、「奇跡を起こす不思議な器」という側面が色濃くなったのです。

 

一時的な人気の低迷はあったものの、マロリーの書物は500年以上経った今でも読み継がれ、アーサー王物語の代表作として扱われています。こうして、宗教的な厳格さが和らげられた、聖杯の解釈に余地を残す物語が広く浸透したのです。

 

中世以降も、聖杯はさまざまな芸術作品にインスピレーションを与え続けます。19世紀ラファエル前派の絵画やリヒャルト・ワーグナーのオペラ『パルジファル』(1882年)を通じて知った方も多いかもしれません。

 

ノーベル賞を受賞した詩人T. S. エリオットの代表作『荒地』(1922年)も植物の再生神話として聖杯伝説を描いています。ジャン・コクトーの戯曲『円卓の騎士』(1937年)は自身の薬物中毒から着想を得て、宮廷に蔓延した毒を浄化する聖杯を登場させました。

 

一方、ドナルド・バーセルミの小説『王』(1990年)は究極の力を秘めた聖杯を核兵器!?だと解釈しています。

 

映画でも『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年)や『聖杯伝説』(1978年)、『エクスカリバー』(1981年)が中世騎士による聖杯探求を扱っています。

 

また、ロバート・レッドフォード主演の『ナチュラル』(1984年)は聖杯の探求を野球のペナントレースに置き換えたバーナード・マラマッドの小説(1952年)を映像化したものです。

 

他にも、現代を舞台にした『フィッシャー・キング』(1991年)や『ダ・ヴィンチ・コード』(2006年)でも、聖杯伝説の骨子が説明されています。

 

何も海外の銀幕だけではありません👍日本の作品においても、聖杯は独自の解釈を加えられています。いくつか紹介します。

 

たとえば、1991年にカードダスで発売され、翌年スーパーファミコンのゲームにもなった『SDガンダム 円卓の騎士』における聖杯は、持ち主に不老不死を与えるとされます。カードに描かれた飾り気のないデザインからも『インディ・ジョーンズ』の影響が伺えるので、ひょっとしたら映画の設定を踏襲したのかもしれません。

 

アクションゲーム『ナイツ オブ ザ ラウンド』(1992年アーケード版、1994年スーパーファミコン版)や、シミュレーションRPG『伝説のオウガバトル』(1993年スーパーファミコン)においても、聖杯は王国の平和な統治に必要な道具として登場します。どちらのゲームにも「パーシバル」という名の騎士が登場する点に、中世文学へのオマージュが感じられます。

 

おそらく30代の女性の多くは『美少女戦士セーラームーン』(1992年~97年コミック連載&アニメ放送)を通じて聖杯を目にしたのではないでしょうか。コミックス完全版5、6巻と、アニメ第3シリーズ『美少女戦士セーラームーンS』では、セーラー戦士と敵組織が聖杯を巡って争います。

 

セーラー戦士のひとりセーラープルートによると、聖杯は「扱う者によって、世界を破滅にも平和にも導くと言われる無限の力を持つ」(アニメ版111話)アイテムであり、「ムーン・カリス」とも呼ばれ、美しい装飾が施されています。もちろん、そこには玩具としてアピールする意図もあったのかもしれません。

 

映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』における聖杯は質素なものでしたが、『セーラームーン』の聖杯は「メインのターゲットである女児が欲しくなるもの」として可愛らしくデザインされている点が興味深いです👍

 

そして現在、日本で一番影響力のある聖杯のイメージを作り上げているのは『Fate』シリーズ(2004年~)かもしれません。一連の作品において、聖杯はどんな願いも叶えてくれる「万能の願望機」だとされています。

 

それを巡って7名の魔術師たちが使い魔(サーヴァント)を召喚し、最後のひとりになるまで殺し合う・・・「聖杯戦争」が開催されます。ここでも聖杯は人々の欲望を刺激する側面を強調されています。

 

『Fate』シリーズはゲーム、アニメ、小説にコミックとさまざまなメディアで展開されていますが、とりわけスマートフォンRPG『Fate / Grand Order』の聖杯描写はユニークです。

 

メインシナリオ最新話の第2部第6章「妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ」においても1ダースの聖杯が川を流れてくる描写がありましたが、このゲームでは複数の聖杯を入手することができるのです。

 

奇しくも、この「聖杯がいくつもある」という発想は、アーサー王伝説における最古の「グラアル」の表現と一致します。21世紀日本のゲームで、12世紀フランスの物語への原点回帰のような描写がされているのは、実に愉快な偶然ともいえます。

 

「水は方円の器に随(したが)う」という表現がありますが、聖杯という器はさまざまな形に解釈され、国や時代を超えて異なるテーマの物語を産んでいるのです。

 

宗教という枠組みに囚われることなく、現代日本においても姿を変えて存在し続ける聖杯は、まさしく豊穣の盃・・・汲めども尽きることのなきいイマジネーションの源といえるかもしれませんね🙆

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