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情報

「びっくりドンキー」のびっくりな名前の由来を知ってる?

あの手この手で来店客を驚かせている飲食店といえば、ユニークな外観でお馴染みの「びっくりドンキー」です。行ったことがある方なら分かるはずのあのメニュー表!😊木製の重厚なトビラのようなデザイン・・・心が躍る😆。こういった特色をよく表した店名ですが、そもそもびっくりドンキーの名前の由来はどのように決まったのでしょうか?そこには意外なストーリーがあったのです。

 

1968年12月15日、創業者の庄司昭夫氏は岩手県盛岡市にわずか13坪の「ハンバーガーとサラダの店・べる」をオープンしました。驚くことに実は盛岡市が、びっくりドンキーのスタート地点だったのです。庄司氏は当時からたくさんの人をワクワク、ニコニコさせるのが大好きで、手作りのような装飾や水にレモンを絞って提供するなどで驚きを提供していたといいます。

 

目指していたことは、ただ外食する場所を提供するのではなく、楽しい時間を過ごせる場所の提供。農家から牛の頭部をもらい、自らドラム缶で煮込み続けて装飾用の骨格標本をつくるなど、来店客を 驚かせることに特にこだわっていました。

 

そうして徐々に店舗を増やし規模を拡大していましたが、1971年に転機が訪れます。ハンバーガー大手「マクドナルド」の日本上陸です。庄司氏がハワイで事前に調査した際には、そのシステム化されたオペレーションにまず驚いたといいます。

 

びっくりドンキーの広報担当によれば、庄司氏はマクドナルドに“サラブレッド”のような印象をもった、とのこと。実際にびっくりドンキーで提供していた主力のハンバーガーのパンを、米に変えるほどの衝撃でした。1972年6月から、主力メニューをハンバーグに変更したのはこのことがきっかけだったのです。

 

さらに庄司氏は、「マクドナルドがサラブレッドとするなら、当社はロバ」と例えたといいます。これが“ドンキー”の由来なのです。

 

ロバは「かっこいい」わけでも「スマート」なわけでもありませんが、その眼には優しさがあり、どんなときも一生懸命に頑張るイメージがあります。「のろまでもいい、たくましく育ってほしい」という願いを込めて、1980年の札幌西区の新店からびっくりドンキーが生まれたのです。

 

ちなみに、“びっくり”は先述の通り庄司氏がたくさんの人をワクワクさせて驚かせることが好きだったことに由来します。2022年はハンバーグディッシュの50周年です👍担当者によれば、記念してお客様と一緒に祝えないかと、社内でも検討しているとのことです😆今から楽しみです🙆

 

これからも私たちをびっくりさせてね👍

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